「教え」 フィリップ・ジャコテ
Leçons Philippe Jaccottet
L’encre serait de
l’ombre p.217 (Poésies 1946-1967) Gallimard
どうかこの部屋の片隅に 彼がいてくれますように。
彼の最期を思い出しながら 私がこうしてまとめている文章を
今までずっとそうしてくれていたように 推し測ってくれますように。
真っ直ぐな人だから 私の手が迷い 過つことのないように
きっと案配してくれますように。
思い返せば、
無知で臆病な私は、自分の目をイメージで覆うことで、
かろうじて生き存え、死に行く者や死者の案内人を気取っていた。
私という、安穏な詩人は、
労を惜しみ、有りや無しやの苦しみで、
弁えもなく深淵に道筋をつけようとしていた。
そして今や、風前の灯火、いっそう乱れ震える手で、
今度は空中に 道を描き直そうとしている。
はるかな山々の懐に抱かれる ブドウ 無花果
ゆっくり行く雲の下
そしてあの生気
みんな今でも私を手伝ってくれるだろうか。
年長者には隠居の時が訪れ
およそ力もなく。気がつけば、
日ごとに 足下は ますます覚束ない。
木々の間を流れる水のように さらさらと過ぎ越して行かなくともよい。
水は曲がることを知らないのだから。
とはいえ 厳格な師は 早くも はるか彼方へ連れ去られ
私はどうやって彼に寄り添えばいいのだろう
果物のランプも
果敢な鳥も
最も純粋なイメージもいらない
それはむしろ とりかえられる 肌着や水
夜を明かす手 そしてむしろ 辛抱強く寄り添う心
私たちと明晰を隔てるものからは遠ざかり
軽視されがちな寛容に席を譲ることだけを願う。
年配の人々に耳をかそう
彼らは人生の日々に調和している
彼らの足跡に忍耐を学ぼう、
私ほど できの悪い生徒もいまいが。
おそらくは 最初の一撃が 苦悩の曙光となる。
師が投げつけられるとは なんと言うことだろう
種子でもある 我が先達が このように懲らしめられるとは、
そして か弱い幼子のように
今新たに大きすぎる床を得て・・・
泣けども救われぬ子供のように
救いのない場所で身をよじり
追い詰められ 釘付けにされ 空っぽになるとは。
彼には ほとんど重さが無い。
私たちを抱えていた大地が揺れる。
私がかろうじて読み取ったのは
驚きを越えるものだった。 茫然自失
一世紀もかけて踏み越えるべき闇を 目前にしたような
これら苦しみのうねりを見る悲嘆。
名指しがたい者が 彼の生命の柵に突き刺さった。
突然襲いかかる深淵。身を守る手立ては
深淵に似て ぱっくり開いた 悲哀しかない。
いつも自分の畑と囲いを 慈しんでいた彼
家の鍵を守っていた彼。
最も遠い星と私たちの間には
思いもよらない隔たりが絶えずある。
まるで一本の線のように、綱のように、道のように。
だがもしあらゆる距離を超えた場所が 他にあるとすれば、
彼が消えていったのは、そこに違いない。
全ての星より遠くもなければ近くもない、
しかし、すでにほとんど別の空間に、
測定不能な、外に運ばれて。
私たちの「物指し」であった彼、彼から私たちへの道のりはもうない、
刀を折るように 膝で打ち砕かれた。
唖。言葉のつながりが崩れ始め、
やがて彼は言葉の世界から出て行ってしまう。
分かれ目だ。あと少しの時間、彼と共にいよう。
彼にはほとんど何も聞きわけられない。
私たちの言葉を忘れたか、もう聴くのはやめにしたかも知れない異邦人に
呼びかけようというのか?
彼は他事に忙しい。
もう何も用がない。
こちらを向いてくれても、
背中しか見えないのと同じこと。
そんなに丸く背を曲げて
いったいどこをくぐり抜けていくのか?
「誰が助けてくれよう。誰もここまでは来られまい。私の手を取ってくれる者も、これほど震える心の手までは握れまい。目前に幕を引かれても、私には見えてしまう。昼も夜も、私をマントのように包み込んでいてくれる者も、あの火、あの冷気には一切太刀打ちできまい。私を取り囲む兵を遮る盾など誰も持っていない。奴らの松明はそこの路地にまで迫り、全てはもう遅すぎる。今や私に残されているのは ただ果てしない長さと悪しきものの極み。」
かくして、彼は闇の狭量の内に 黙りこくっているのだろうか。
それが今
張り出した山のようになって 私たちにのしかかる。
凍える闇の中で 私たちは崇めるか忌むに帰する。
誰しも 見るに忍びない。
何者かが 彼を貫き打ち砕く。
何とも哀れな!
別の世界が身体に くさびを打ち込む時。
私が 光をこの刃に調和させるなどと期待しないでくれ。
額を山の壁におしつけ
昼でも寒く
陽射しの中 鳥たちは棘のように並び立つ。
それを恐怖とも汚物とも名指し得る、
排泄の布に隠された「おぶつ」と声にすることさえ。
それについて詩人が いくらか気取って試みたところで
作品のページに載ることはなかろう。
汚物とは口にすべき物でもなければ見るべき物でもない
(もう唯黙って目をつむって)飲んでしまおう。
それを同時に土のように素朴だとも言える。
これほど濃い夜の闇にも それを包み込めない
ということがあろうか?
無限は われわれを結び あるいは引き裂く。
古き神々の腐敗臭がする。
憐れ
私たちの上に崩れ落ちる山のよう
裂け目にも等しい苦しみは
やがて消えてゆく夢などではあり得ない。
人が風の結び目に過ぎないというのなら はたして
それをほどくために これほど鋭い剣が必要なのだろうか?
皆して額を壁に押しつけ 涙でいっぱいになりながら
私たちが 学ぶのは
生きていることの脆さより むしろ
生きていればこそ知る まぎれもない現実ではないか?
鞭打たれつつ教えられ。
素朴な息吹、軽やかな風の結び目、「時」の粗い編み目の草叢から
こぼれ落ちた種、光と影の間を歌いつつ横切っていく声がするだけで、
それらは 跡形もなく消えていく。
それは声なき声、というよりむしろ在る瞬間、
平穏な拡がり、最も透きとおった陽射し。
何なのだろう?血の中に刃を持つ我々とは?
師が引き裂かれ、引き抜かれる
私たちが身を寄せ合う この部屋も引き裂かれる
胸の糸が叫ぶ。
引き裂かれるのが「時のヴェール」なら、
壊されるのが「身体の檻」なら、
あるいはそれが「新たな誕生」なら?
傷口の穴を通って行くのだろうか
生きながら永遠の内に入っていくのだろうか・・・
冷静沈着な助産婦 あなたなら
新しい生の うぶ声を 聞いたか?
私には炎を失った蠟しか見えなかった
その渇いた唇の間には
どんな鳥の飛ぶ余地もなかった。
息は絶えた。
あたかも朝風が 最後の蝋燭に 打ち勝つように。
(Airs “Oiseaux,fleures et
fruits ” p.111)
私たちの内に かくも深い沈黙があったのかと思い知る。
彗星が私たちの娘たちの そのまた娘たちの夜へと向かう音が
聞き取れるほどの静けさだ。
もう これは彼ではない
奪われた息、彼とは知れない
亡骸。一つの流れ星の方が遠くない。
それを 誰か運んでくれ。
一人の人間(この 風の中の巡り合わせ、
雷の下では ガラスやチュールの虫より か弱く、
善良で口うるさく 笑顔のあたたかい 岩親父、
仕事と 想い出に見合い ずっしり重くなった壺)、
息を奪うがいい、腐敗だ。
いったい誰の復讐だ?何の仇か、この仕打ちは?
ああ、ここをきれいにしてくれ。
目を上げてみた。
窓の向こう 陽の光の奧に
それでも なお イメージが去来する。
存在の機織り 天使が 空を修復している。
子供が 死者に供えるために土船をおもちゃ箱から取り出した。
ナイル川は 心の淵まで流れるらしい。
ずいぶん前に、死者の国の旅する墓の舟を見つめていたことがある
三日月の角に似ていた。
今では 舟や、バルサム香も、
いかなる地獄の地図も 魂に役立つとは思わない。
だが、子供の心からの思いつきなら、あるいは この世界を出て、
つながり得ない物さえ つないでくれるのかも知れない。
それとも、舟に慰められるのは 岸辺にいる私たちの方だろうか。
今も尚、彼が何らかの在りようで存在し(一切無だとは誰にも決めつけられまい)、
私たちに近い意識まであるとすれば、
巣箱に集めるにも灰しかない彼が留まっているのは彼方ではなく、ここで、
ちょうど約束に「石の傍らで」と言って待つように
私たちの足音や涙を必要としているのかも知れない。
知る由もない。いつの日にか、
石は永遠の草の中に沈み込んでしまうだろう。
遅かれ早かれ、今度は招かれていた私たちも不在となり、
その目印の石も埋もれ 影も形もない場所には、
その(待つ者であり 招かれる者であった)影たちさえいない。
むしろ、告別の後、私のたった一つの願いとは、
この壁に背もたれつつ、
向こうには陽の光だけを見つめながら、
あの山々を源に持つ水の助けとなること。
水が草々の揺りかごを穿ち、無花果の低い枝の元へと、
八月の夜を越えて、
生の息吹で一杯の小舟を もたらすように。
そして今、天の滝に身をさらし、たなびく風の髪に
頭のてっぺんからつま先まで委ね、
ここで、何よりもきらめく葉叢のように、
ノスリ(鳶・とび)にも負けない高みで
見つめながら、
聴きながら
(蝶たちは 行き先を失った炎のよう、山々は 霞のよう)
一時、私をとりかこむ空一円を抱きかかえ、
私は そこに死が内在していると思う。
光の他、ほとんど何も見えない
はるかな鳥たちの声は光の結び目
山全体が陽に燃え
もう私に覆い被さることなく
私を熱くする。
それでも お父さん
あるいは
夕暮れの暖炉より乏しい灰だけを私たちに残して
すっかり消えたしまったあなたは
あるいは 不可視に住まう不可視 (見えざる世界に住まう見えざる者)
あるいは 私たちの心の住み処に撒かれた種
何でもかまわないから
どうぞ これからも忍耐と笑顔の手本として
テーブルやページ、そして葡萄を照らす 太陽のように
私たちの背中をずっと照らしていてくれますように。
作者義父惜別の詩
作者に深く感謝しつつ
拙訳を亡き義母と父におくります