2013年9月29日日曜日

終わりが私を照らしますように Jaccottet


「 終わりが私を照らしますように 」
                 ジャコテ
                                 
人と抗い人を抑えこむ 闇なる敵よ
残された一握りの日々に どうか
この弱さと力とを 光に捧げさせてほしい
我が最後を 煌めきに 変えられるものなら

上手く語らず 雄々しく語らず こだわりを捨て 
おずおずと差し出す言葉に世界は際立つだろう
酔いしれる朝と 宵の軽さの間で

涙が瞳を濁らすことも 
不安に縛られることもなくなるほどに 
まなざしは明るくなり
迷える者にも 埋もれた入り口が見えてくる

私を消していくことで 輝いてみせよう 
貧しさがテーブルを賜物で飾るように
その意のままに 
身近なようにも おぼろげにもある死が 
尽きせぬ光の糧となるように




 QUE LA FIN NOUS ILLUMINE   

Sombre ennemi qui nous combats et nous resserres,
laisse-moi, dans le peu de jours que je détiens,  
vouer ma faiblesse et ma force à la lumière :
et que je sois changé en éclair à la fin.  

Moins il y a d’avidité et de faconde             
en nos propos,mieux on les néglige pour voir
jusque dans leur hésitation briller le monde 
entre le matin ivre et la légèreté du soir.   

Moins nos larmes apparaitront brouillant nos yeux 
et nos personnes par la crainte garrottées, 
plus les regards iront s’éclaircissant et mieux
les égarés verront les portes entrées. 

L’effacement soit ma façon de resplendir,  
la pauvreté surcharge de fruits notre table, 
la mort, prochaine ou vague selon son désir 
soit l’aliment de la lumière inépuisable.  


" L'ignorant "   poèmes1952-56     GALLIMARD



2013年9月21日土曜日

[鳥 花 果実」4.Jaccottet

FRUITS


果樹園の部屋には 時の行程の彩る球体が下げられ
時の灯すランプともなれば その光は香りであって然り

それぞれの枝の下で ほっと息をつけば
芳しい鞭が 早く早くと せかす


草々の合間に顔を出す真珠たち
その螺鈿は 霧が近づくほど ばら色に染まっていく

着飾った葉叢のランジュが減るほどに ペンダントが重くなる


幾千の緑の瞼の下で  
いつまで眠っているのか!

そしてこの熱

大急ぎでかき立てた熱が 
彼らを 貪るような眼にする!






ゆったりと行く 雲の影
夕食後の眠気にも似た

羽毛の女神たち 
(素朴なイメージ あるいは翼下に なお 真の反映を保ちながら)
白鳥でも ただの雲でもかまわない

私に忠告してくれたのは 君たち物憂げな鳥だった

そして今 わたしはそれをみつめている
ランジュと 鼈甲の鍵の 真ん中に
君の取り乱した 羽毛の下に








八月の雷

ゆれる たてがみ        
おしろいを ふりはらい

あまりに大胆なので 
飾りのレースも重くなる





(眠る果実)

青い青い夢の時を過ごす 果実たち
空想仮面をつけて 眠っているような  
火の付いた 麦わらの中
晩夏の名残の 塵の中

煌びやかな夜

泉まで 炎をまとうような一時










鳩さんの 悩みの種は

朝一番の 取りかかり

夜がつなぐものを 断ち切って









木の葉 海のきらめき
それは 散り散りに光を放つ「時」
その炎と水とが 谷に溶け込み
山々は 空中に懸かり
心が にわかに 霞む
とてつもない高みへ 抱き上げられたように






誰一人 留まることも 入ることもできない
そう そこへ向かって 私は走った
夜が来る
盗賊のように

そのあと 私は 忍耐の道具とされる葦を
再び手にとった







(夜明けの音)

吹き過ぎる 風よりも儚い 心象
私の眠っていた イリスの泡      


何が 閉じ また 開くのだろう
あいまいな この息吹を生み出しながら
ページをめくる音 衣擦れの音 木刀の舞い?

かくも遠くからの 道具の音 せいぜい
有るか 無しかの 扇の音なのかもしれない

一時 死は 影をひそめる    
欲望そのものさえ 忘れられる

夜明けの 入り口を前に
折りたたまれるもの また 
広げられるもの のために











Oiseaux fleurs et fruits    Philippe Jaccottet
"L'encre serait de l'ombre"    Gallimard 2011 p.149-156





2013年9月15日日曜日

フランス詩 Le mot joie 喜びという言葉 

 喜びという言葉   ジャコテ




山にあって 時は午後 風もなく
乳白色の光の中で
まだ剥き出しの胡桃が枝々にきらめく
長い沈黙のうちに 
水の囁きは ひと時 道なりに流れゆく
水面の藁しべを 輝かせ
塵の中のガラスのような煌めきでわかる 水  
その明るく きゃしゃな声ときたら
怖がりの シジュウカラに そっくり





 À la lumière d’hiver          PHILIPPE JACCOTTET

LE MOT JOIE  (p.131)

Dans la montagne,dans l’après-midi sans vent
et dans le lait de la lumière
luisant aux branches encore nues des noyers,
dans le long silence :
le murmure de l’eau
qui accompagne un instant le chemin,
l’eau décelable à ces fétus brillants,
à ces éclats de verre dans la poussière,
sa claire et faible voix
de mésange apeurée.



「鳥 花 果実」3.Jaccottet


眼は
あふれる泉   

だがそれは どこから来たのか
一番 遠くよりもっと向こうから
一番 下よりずっと下方から

私は別の世界を飲んだらしい



眼差とは何か
言葉より鋭い槍
ある過剰から 別の過剰への ストローク
一番 奥底から 最も遠い遙かなものへと
一番 暗いものから 最も透き通ったものへと

梟のように



ああ あの牧歌を もう一度聴きたい
草原の奧から立ち上る
そこには素直な羊飼いたちがいた

ただ曇ったあの杯のために
口をあてても何も飲めないが
ただ瑞々しい一房の葡萄のために
この煌めき さてはビーナス!




もう甘んじてはいられない
時の速さで飛ぶこと

このように じっと待つことを 信じたい










「雨燕」

日中(ひなか) 喧噪の時
生に うろたえる時
麦わらすれすれに 
舞い飛ぶ 
三日月の 鎌たち
突然 高みで 何もかもが叫ぶ
耳には 到底たどりつけない 高みで






陽光の甘やかな熱の中で

それは微かなざわめきにすぎない
( 舗道を歩くヒールのような鎚音 )
風に 遠ざけられた
山も 積み藁にしか見えないあたりの  

ああ、彼女は終に燃え上がる
地に落ちていく琥珀と
リュートのしきり板と ともに     



Oiseaux fleurs et fruits    Philippe Jaccottet
"L'encre serait de l'ombre"    Gallimard 2011 p.143



2013年9月7日土曜日

「鳥 花 果実」2. Jaccottet


☆(燃える夕景)

ばら色の 空気を破って燃えさかるもの
あるいは 不意に はぎ取るように
あるいは 不断に 遠のくように

夜を 圧し広げながら
山は その二つの斜面に二つ
涙の 源を 培う




(通過)

夜も 終に お仕舞いとなれば
彼の息吹が 立ち起こり
まずは 蝋燭が一本 かき消された

早起き鳥たちを前にして
誰がまだ眠らずにいられよう?
河を渡る風なら 知っている

この炎 遡る涙のような
渡し守への 銀の月


☆(朝陽)

ばら色に染まる鷺が
地平線に 炎の道を描く

頑丈な樫の群生に
その名のりを 消していく八頭

渇いた火 秘やかな声     

駆け足と 息と





2013年9月2日月曜日

見える  Jaccottet


見える
  (雲の下で考えたこと) フィリップ・ジャコテ


子供らが 校庭にびっしり生えた草の上を
大声で叫びながら駆けていくのが 見える
背高の木々は じっと立ち
九月 十時の陽の光は ほとばしる滝のようにして
彼方で 星々を煌めかせている巨大な鉄床から
彼らを守りぬく


これほど 臆病で内気な人間が
本当に 氷河の上を果てしなく歩かなければならないのか
たった一人 裸足で 
子供の頃に祈った祈りさえ 覚束ないまま
この冷たさに 凍りつく心という
終わりなき責め苦を受けながら


幾年も経て
思考は かくも痩せ衰え 
心は かくも弱まり
渡し守が身に迫ろうとも 払うべき小銭すらない

だが 私は 草と早瀬を保ち 
舟が沈まないように 身軽なままでいた

 
   偽りを知らぬ 子供の口のような
円い鏡に 彼女は近よる
その身に同じく擦り切れた 青い部屋着をまとい
時の ゆるゆると燃える炎のもとで
その髪も いずれ灰の色となろう

夜明けの太陽は さらにその影を濃くする



白く枠を塗られた(虫除け 魔除け)
窓の向こうで
老いて白髪となった男が
手紙か地方紙の上に 身を屈め
傍らの壁を 灰色の蔦が這いつたう

蔦よ 石灰の壁よ 
朝風から 長々しい夜々から 
あるいは もう一つの永遠なる闇から
彼を守ってくれないか


誰かが 水面を木の葉のレース模様に織り上げたのか
どんなに目を懲らしても
触れてみたいその手さえ見つからぬ
部屋も 機織りも 布も
いっさいが消え失せてしまえば
ぬれた地面に 足跡が見つかるにちがいない

 
まだ しばらくは 光の繭にくるまれている
だがその繭が破れる時には(しだいに あるいは突然に)
たくさんの眼をつけたクジャクサンのような
*(オオクジャクサン=蛾の一種 別名 死者の頭)
羽を生やしていられるだろうか
  その闇 その冷たさに身をさらすべく

  
      過ぎ行くうちに これらの事が見える
  (たとえこの手がわずかに震え、心臓はがたつくとしても)
  他の物たちも おなじ空の下にある
  つややかな庭のカボチャは まるで 太陽の卵
  老いの色に咲く花は 菫

  夏の終わりの光 これが  
まばゆいほどの
他の何者かの影にすぎないとしても

  ほとんど幾らも驚くに能わない




 ON  VOIT   Pensées sous les nuages  1994  Philippe Jaccottet
L'encre serait l'ombre   2011 p.309

2013年9月1日日曜日

 「鳥 花 果実 」1.  Jaccottet 


「 鳥 花 果実 」       フィリップ・ジャコテ 
                                  


夜明け

暁に 高く葦の笛
地を這うごとく 微かな息吹で
我が身から他の身へと誰が
このように移りゆくのだろう
源の山から逃れた 泉、
熾?

石たちの間には 鳥の声一つ無く
ただ 遥か遠く 鎚音が響く









 

花という花は
身をよせたふりをする 夜にすぎない

とはいえ 香りの立ち上る そこへ
踏み込もうなど思いもよらず
だからこそ こんなにも私を惑わせ
その閉じた扉の前で
いつまでも眠らせてはくれない
まなざしを刺し止める そこから
あらゆる色 あらゆる命が生まれ来る

この世は 見えない火事の頂にすぎない

緑の葉叢に守られた
生まれたての熾の園を歩めば

唇に 焼けつくような 炭火













(夜明け)

暁に 高く透るは 麦の笛
その息吹 かそけきままに 地を這いて
我が身から 他の身へ移る 術ならむ
燠火とて 山よりいずる 泉なれ

岩間には 鳥の声なく 
見上ぐれば
槌音はるか 耳に響けり




(花) 

うわべのみ 身をよす花の 闇ならむ    

彼の花の 香り舞い立つ 元なれば
入らんとは 思いも掛けぬ 際なれば
かく惑い かく目覚めては 夜もすがら
ひたすらに 閉じたる扉 胸に抱き

まなざしを 引かるるままに 刺し止めて
色なりと 命なりとも 生まれ来る

人の世は 見えざる火事の頂や

緑なす 熾の園 さまよう我の
唇に 焼けつく炭火 咲くを知る


L'encre serait de l'ombre  2011 Gallimard p.137